わんタンNEWS犬事争論

愛犬が「死ぬ」ことによって、教わること。2008年11月18日

先日、弊社のスタッフの愛犬が亡くなりました。すでに病状の深刻さについて報告を受けていたため、出社義務を免除し在宅での勤務を許可した矢先の出来事でした。大往生というわけでは無かったようですし、病気で苦しんだようなので辛い別れだったはずですが、それでもわんちゃんの最期を看取ってあげることができたことは、良かったと思います。

ペットを飼うということは、散歩や遊びから得られる楽しい経験だけでなく、「死ぬ」ということから「命の大事さ」を学ぶことができる本当に素晴らしい事です。そして可愛いペットたちは、自分の死の時も飼い主に「命の大事さを学ぶ機会」を与えてくれるのです。

さて、今巷で話題になっている「命の授業」。書籍や映画化もされることもありご存じの方も多いのではないでしょうか。この授業は、大阪北部の小学校で豚の飼育を通して教育を考え命を見なおそうとした行われた実践授業の話であり、そもそもペット飼育した豚(Pちゃん)を食べるということの意味、そしてこの授業を行った先生の「今でも決断が正しかったか分からない」という教育者としての発言の真意など、様々な議論が沸き起こったことでメディアもセンセーショナルに取り上げています。

この件に関して、私がどうのこうのと語るつもりはありません。ある人がこの教育方法を考えそれを周りが認めて実施した。それが正し方法だったかどうかは、この授業を受けた子供たちが生きる中で経験し考え判断していくことだと思っています。

ただ、この教育を受けた子供たちや関係者、そして先に紹介したスタッフは、大事なペットの死を前にして「命とは何か?」ということを真剣に考えることができたのではないでしょうか。(命の授業の豚は、解体する場所を見せていないようですが。)

「日本の年間食べ残し総量が約900万トン」

「人間の都合で年間30万頭以上の犬猫が殺処分」

この2つの事実はまったく関係ないことのようですが、根っこの部分はまったく同じものなのかもしれません。私たちには、何か大事なものが欠落しているのでしょうか。極端なことを言えば、「生きる」ということ、そして「命とは何か」ということは、多くの犠牲の上でしか学ぶことができない愚かな生き物であるということかもしれません。

仮にそうであれば、戦争などもう無くなっても良いはずなのですが・・・。

コラム著者:笹間健史

(株)ペッツ・マーケット・サービシズ代表取締役


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